Statement

「個人的なことは政治的なこと」という第二波フェミニズム運動のなかで掲げられたスローガンがある。それは、「個人の問題」とされてきたものの背後にある制度や権力の問題に目を向けるための言葉である。

カルト宗教二世として育った経験と家族の記憶、精神の不調や知覚の変容、幻触、性や愛をめぐる出来事は、私の身体に生じたきわめて私的な経験である。しかし同時にそれらは、国家、家族、宗教、制度、社会規範といった、私を取り巻き、また私の内側にも入り込んだ力との関係のなかで形づくられている。

私にとって描くことは経験を説明へと置き換えることではない。色を置き、消し、重ね、そのつど現れる画面に応じながら、その経験が身体や記憶のなかでどのような像や感触として残っているのかを確かめることである。絵画は身体と社会のあいだに生じたものを言葉に整理しきらないまま留める場所となる。

そのため、私の作品においてモティーフが指し示す出来事と、色彩、筆触、絵肌は切り離せない。意味内容を図解するのではなく、絵具を滲ませ、掠れを残し、塗り重ね、拭き取るといった操作とそこに生じる痕跡を通して、記憶や知覚の揺らぎを色や物質の状態として捉え直している。

私は、自身の経験を告白として閉じるのでも、社会問題の説明へと還元するのでもなく、絵画として他者の前に置こうとしている。私の身体に起きたことを画面に現れた像や感触として、他者がそれぞれの知覚から受け取り直せる場へと開くこと。それによって、個人と社会との関係を問い直す絵画を試みている。